デザートトーク(全3篇)
(ボカロ作品3作目「デザートトーク」にまつわるお話です)
中篇
ロディは他機の死にざまを見るのが趣味なの……?
2機は明け方の砂漠を進んでいた。リーズは引き続き探査機の上に乗せてもらうことになった。不安定な上面にしがみつきながら皮肉を言えるくらいには、リーズは器用だった。
ロディがリーズと同行する理由は十分にあった。船は昼が来るまで離陸用の電力を作れないし、街への道のりはリーズが知っていた。加えて、ロディはリーズの歩き方を見ていたたまれなかった。
リーズは砂に潜る際に使うシャベルを杖代わりにして歩いていた。不揃いな長さの足をカバーしているようだが、一歩進むたびに表情が力む。引き続き探査機に乗ることを勧めた。
昼の砂漠はロディが思うより危険なんだよ。バグったHumanoidやAnimaloidがその足を狙いに来るかも……。
そこら辺に落ちてた知らん機体の足と取り換える羽目になった子を知ってるでしょ?
もっとも、その足の持ち主も奴らにやられたんだろうけどね
そいつは災難だったな。
……奴らの目的は何なんだ?
目的はよくわからない。だからロディも気をつけて。
奴らは襲った機体の部品を集めたり、クラッキングしてウイルスを送り込んだりするから
それはさながら『ゾンビ映画』のように自身のバグやウイルスをコピーするらしい。リーズは手短に『ゾンビ』と『映画』について説明した。
片足を失うだけで済んだのは運がよかったとリーズは言う。
そのウイルスは三進法CPUにも感染するのか?
うーん。多分クラッキングすらできないと思うけど。
……え、ロディって三進法なの? どおりで優柔不断なわけだ
なんだよその理屈は。
三進の方が高速なのは俺の故郷じゃ当たり前だ
理論的にはそうらしいけど、今じゃみんな二進法だよ。なんでも、昔作られた三進法Humanoidはみんな優柔不断すぎて没になったって。ホントかどうかは知らないけどね
ふーん。やっぱり二進法だったのか。それでお前のコードが読めなかったわけだ
リーズはバランスを崩して砂の地面に落っこちた。
は、覗いたの⁉ ……最低。
医者でもないのに他機のコード覗くとか、それ犯罪だよ? もしかしてロディもゾンビと同類……?
……落ち着けって。そんな法律知らなかったし、結局読めなかったんだから
しばらくの間、口数の減ったリーズに気まずさを感じるロディ。未遂とはいえ、プログラムコードを覗かれるのは相当な屈辱だったらしい。
リーズはおもむろにロディの後ろに回った。背中を睨みつつ説明する。
Humanoidは他の個体のプログラムを無断で覗いたり、ましてや書き換えたりしてはいけない。他の個体を破壊することは、物理・システムを問わず許されない。このような『禁則事項』がいくつかプログラムされており、『ゾンビ』のようにバグでも起こさない限りそれらを破ることはできない。
説明を終えた後には、ロディに不利な沈黙が訪れた。
なあ、『何年』とか『何日』ってのは何が由来の単位なんだ?
話題を振るロディを睨みつけるリーズ。それでも質問には答えた。
私たちHumanoidの先祖が使ってた時間単位。
……らしい。ホントかどうかは知らない
不機嫌そうな声色。
「ホントかどうかは知らない」というのはリーズの口癖らしい。それをこのタイミングで確認する勇気をロディは持ち合わせていない。
さらに数日歩いた。あたりは灰色の雲に覆われていた。街が近づいている証拠だった。よく雨が降り、水源を確保できる場所に街が作られた。
前方に建造物が見えた。
なんだ、ただの廃墟じゃないか
強酸性の雨から逃れるための宿。街の周りに建ってるのはみんなそう。
……ほら、小雨だけど降ってきた
『宿』ってのは腐ったコンクリートを指す言葉なのか?
この時ロディは生まれて初めて”他機に無視されたときのあの感覚”を経験した。
……そもそも、街の奴らはこの辺を行き来することなんかあるのか? 何が悲しくて街の外に出たがるんだ
調査……とは名ばかりの暇つぶし、かな
調査って、何の?
この星、『Wolf 1061 c』の
意外な返答に内心驚くロディ。
なんだ。誰かさんと同じじゃないか。
改まって母星を調べる必要があるのか?
まあ、まだ母星じゃないからね
ロディはリーズの「まだ」という言い草が気になったが、その意味を聞いてほしくないことは声のトーンから容易に理解できた。
もしかしたら、ロディが見つけたこの文明は彼自身とほとんど同じ境遇にあるのかもしれない。
憶測に応えるように雨が大降りになる。逃げるようにして眼前の廃墟へ走った。
ヒビだらけのコンクリートに数体のHumanoidが転がっていた。故障したパーツは道中でも何度か見かけたが、丸ごと全身が横たわっていることは今までなかった。
不穏な空気を感じるロディとは裏腹に、暗視機能を使えないリーズが周囲の状況を見ることはかなわなかった。
2機は宿の入り口の傍で座り込んだ。
2日が経った。酸性雨は未だやみそうにない。日の出が迫っていた。多少の危険を冒してでも、代替案を採用する他なかった。
ここで待ってるか? 俺は暇つぶしに、使えそうな眼玉を片っ端から集めてきてやる
2機がいる部屋には7体のHumanoidが倒れていたが、どの視覚ユニットもリーズのものとは互換性がなかった。ロディは別の部屋を探すことにした。
リーズは壊れた機体の傍に横になって身を隠した。『死んだふり』の精度を上げるためにスリープモードを使うことにした。
20体の残骸を調べ終えてもまだ、ロディは目当ての視覚ユニットを見つけられなかった。目玉を拝借した機体には、Animaloidも含まれていた。
型式を知るために、視覚ユニットを機体の頭部から取り出す必要があった。簡単には取り外せないものも多く、ロディは自分が恐ろしい殺戮機にでもなったような気分だった。
とある1体の”虎”型Animaloidの目玉を外そうとしていた。瞼をこじ開け、眼球に手をかけた。瞳孔が動いた。瞬間的に手を放し、距離をとる。電子的な起動音とともに赤く光る眼球。ロディは反射的にメインクロックの周波数を上げた。
全く友好的には思えないそのうなり声に、『ゾンビ』に出会ったことのないロディですら、この白い虎がそうであると判った。ゆっくりと後ずさるロディに合わせて、虎はゆっくりと近づいてくる。
ロディは思う。この狂気の眼差しを向ける眼球は、リーズのものと互換性があるわけがない。
偶然手に触れた鉄の配管を無理やりに引き抜き、目の前の獣と応戦する決意を固めた。
後篇☟
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